お米を買う余裕がなかった私。その原因がお惣菜屋さんで買う高価なおかずだって気づいてた?おかずは食材からきちんと作れば食費は安くなってお米も買えたはず…な話

お米を買う余裕がなかった私。その原因がお惣菜屋さんで買う高価なおかずだって気づいてた?おかずは食材からきちんと作れば食費は安くなってお米も買えたはず…な話

【性別】女性
【年齢】(金欠だった当時)
21歳
【職業】(金欠だった当時)
大学生

【住まい】(金欠だった当時)
都内に自宅はありましたが、父親の干渉がイヤで、自宅から1時間離れた杉並区に3畳一間のアパート(風呂なし、トイレ共同)を借りました。
学費は親が支払う、家賃(8000円)や光熱費、食費は私がアルバイトをして支払うかたちでした。





【金欠になった原因】
大学の勉強とアルバイトの両立は、思っていたほど簡単ではありませんでした。
ほとんどのアルバイトが、“9時5時”で、それでは通学もできません。
大日本印刷(印刷工場)の日払い(1日2000円くらいでした)のバイトしかできませんでした。
が、当時の私は料理をしたこともなく、ご飯の炊き方まで友人知人に教わる始末。
それまで親に頼りっきりだった食生活をどのようにしたらよいのかも見当がつかず、後になったわかったのですが、いつの間にか「鉄欠乏性貧血」という病を背負い込んでおりました。




【金欠当時の心境と自尊心】
今となると、アパート代と食生活は自分で何とか出来る、と考えていた自分の甘さに笑ってしまいます。
ある時、お米屋さんにお米を買いに行ったとき、お金がなくて「お米500g下さい」と言うと、「法律で決められているため1kgしか売れない」と断られたときは、本当にショックで情けなかったです。
現在は「お試し」として、ネットなどで500gでも販売していますが、当時そんな法律があったことは調べていないままです。



【金欠当時の食生活】
当時の私は慣れない生活との格闘・・・バイトと学業の両立で体力を使い果たしていました。
料理も満足にできないし、炊飯器でご飯を炊いてお惣菜屋さんでおかずを買う…そんな毎日でした。
大学入学前も入学以降も、自宅ではホットケーキを焼くくらいしかしたことのない私…。
月の食費はだいたい1万円と少しだったかと思いますが、そのほとんどをお惣菜の購入に費やし、自分で何とかするのは冷奴か湯豆腐…

【金欠当時の日常生活】
1970年代(すみません古い話で)携帯はありませんが、電話も権利金が10万円以上必要で、高値の花でした。
お風呂屋さんは歩いてすぐの場所にありましたが、お金が無くなると諦め、室内の小さなキッチンで蒸しタオルを作り、身体を拭くしかなかったです。
光熱費は止められた友人の窮状を知っていましたから何よりも優先して支払っていましたので、幸い止められたことはありませんでした。




【金欠当時の人間関係】
周辺の友人・知人(大学のサークル仲間など)は皆地方出身で、裕福な家庭の出身者はおらず、それなりに生活の苦労を知っていましたから、独り暮らしをすることで彼らと並べることはうれしかったです。
ただ、彼らの言う「東京のお嬢さん」である私が炊飯器の扱いかたをはじめ料理の1つもできないことに呆れている人(特に女子)もいて、その点は結構恥ずかしかったです。




【金欠当時の仕事】
新宿区市ヶ谷にある大日本印刷の印刷工場での日払いのアルバイトは、印刷物の検品でした。
仕事そのものは眼が見える人なら誰にでも可能な単純作業でしたし、仕事をしようと思えば既定の時間に工場へ身体を運び、休もうと思えば行かなければよいだけで、気楽なものでした。
その分、当時としても時給は破格に安く、ひと月に20日あまりバイトしないと生活に支障が出ることにようやく気付いた私なのでした。




【相談と助けてくれた人】
ある程度のお料理のノウハウを教えてくれる友人・知人はいましたが、生活費のやりくりなど、具体的な相談相手はいませんでした。
何より、独り暮らしを始めて1年近く、無自覚にも家計簿というものの存在も知らず、何の知識のない私でしたが、そのことを皆に明らかにするのは、私のプライドが許さなかったからかな、と今では思います。




【現状】
今はなんとか金欠を脱して、生活に困るほどではない

【転機ときっかけ】
結局、私は大学を中退しましたが、バイトしながらの生活はそのまま数年続け、その後、運よく中堅の広告代理店に就職。
大手のクライアントをいくつも擁する同社のお給料は、お風呂のあるワンルームマンションへの引っ越しがかなうものでした。
もうらうべきもの(お金)をもらうことによって、それまで綱渡りのようだった自分の暮らしやお金の出入りを俯瞰できるようになったことは私にとってすごい進歩でした。




【現在の状況と心境】
今でも時どき、苦笑とともに思い出します…若くて、生活の知識も皆無だった学生時代のおばかな自分を。
お金に対しての意識は、広告代理店への就職以降、家計簿もきちんとつけるようになり、家庭を持ち家族も増え、今に至っています。
学生時代の友人・知人は皆散り散りで、年賀状でしか連絡が取りあえないのは少し寂しいですが…。




【学んだこと】
独り暮らしをすることによって、「お金は大事にしよう。
大切に使おう」
ということを学びました。
学生時代も就職して以降も、ずっと親がかりだったら、結婚してもお金に余裕がある限り、それこそ湯水のようにお金を使っていたのでは、と思います。



【当時の自分へのアドバイス】
当時の(今もそうかも)杉並区にはおいしいお惣菜屋さんがあったけれど、あなたは炊飯器でご飯を炊く以外、料理を学ぶことすらしないで、おかずを買うばかりだったね。
結果、おそらく自炊の何倍ものお金をお惣菜に費やしていたことになる。
せっかくいい友人・知人が近所に住んでいたのだから、彼女たちから料理を教えてもらえばよかったね。
きっと、おいしくて、もっと栄養のある料理が安価に作れたはず…。