実家の自営業がつぶれかけて借金が20代の自分にのしかかる。人生のどん底を見たけれど、自分の特技で何とか借金も返済し、人生も立て直して結婚した話。

実家の自営業がつぶれかけて借金が20代の自分にのしかかる。人生のどん底を見たけれど、自分の特技で何とか借金も返済し、人生も立て直して結婚した話。

【性別】女性
【年齢】(金欠だった当時)
22歳
【職業】(金欠だった当時)
洋服の会社の正社員

【住まい】(金欠だった当時)
安い学生アパートで独り暮らし





【金欠になった原因】
実家の親が自営業だったが、不景気の影響で経営が立ち行かなくなり、借金をするように。
しかし借金の返済も滞り、税金も健康保険も滞納していた。
市役所から督促の電話が頻繁にかかってきた。
兄は就職していたものの、その会社がブラック企業で、辞めることを家族と相談していた。
そのため兄はお金が稼げない状態で、実家は困窮した。
そのため、わたしが、親の分の健康保険を払ったり、税金を代わりに払ったり、借金の返済のお金を調達していた。




【金欠当時の心境と自尊心】
夜も眠れなかった。
この状態がいつまで続くのだろうと。
実家の家族を養っている形になっていたので、世のお父さんたちはこのプレッシャーを抱えているのか、と尊敬の念を持った。
しかし、お金の不安を背負った状態はとてもつらく、自分の仕事もブラックだったのだが、私が辞めたら家族が路頭に迷うので辞められない。
同期や友達はそんなお金の苦労はしていないので、誰にもわかってもらえない。
なぜ私だけが、不公平だ、リア充の奴らみんな死ねばいいと思っていた。

【金欠当時の食生活】
朝はホットケーキミックスの二袋入りを買って、一袋分で蒸しパンを作り、それを食べた。
昼はコンビニのおにぎり一個だけ。
夜は駅の立ち食いそばでそばを食べた。
一日500円くらい、月で1万5千円くらいの食費でした。
食費を浮かすために外食は一切しないことにして、カフェやスタバなんて論外。
友だちや同期との付き合いにも一切行かなかった。

【金欠当時の日常生活】
食生活の栄養不足のためか、人生で一番体重が減った。
165センチで33キロまで落ちた。
あの時はさすがに生命の危機を感じました。
そしてそれにともない、肌荒れがひどくなりました。
皮膚科に行ってみても治りませんでした。
映画「火垂るの墓」で妹が背中に湿疹ができて治らなった、あの感じを身をもって経験してしまった。
そして洋服会社で、人を見た目で判断する社風で、肌荒れの酷い私は人でないような扱いと蔑みを受けました。
あれは一生消えることのない心の傷です。




【金欠当時の人間関係】
友だちにも会いませんでした。
結婚式やパーティーなど、晴れやかな場に三度ほど呼ばれました。
でも行けなかった。
こんなひどい肌荒れの状態で、おばけ扱いされているのに、こんな姿を見られたくない。
それにお金がないんだから、着ていく服なんてない。
服も買えない。
人間関係はあっけなく崩れて、お誘いを泣く泣く断った友達からは連絡が来なくなり、友だち関係の一切は断絶しました。




【金欠当時の仕事】
まず、気持ち悪がられて、仕事を教えてもらえない。
そして教えてもらっていないのに、やるべきことをやっていない、ずるをしていると悪者にされて、みんなの前で部長から厳しい注意を受けました。
そのため、自分から仕事を聞きに行って頑張るようにしたら、今度は他の人の分も押し付けられて、残業できる上限時間まで残業する毎日になりました。
疲れのため、食事も受け付けなくなり、夜も眠れませんでした。




【相談と助けてくれた人】
相談は誰にもできなかった。
自分でこの状況に対して理解が追いついておらず、どうしてこうなったのかも混乱して、説明ができなかった。
どうしてこうなった、自分が何に困っている、何がつらいのか、などまったく説明ができない状態で、自分でも訳が分からなかった。
親とも連絡は取っていませんでした。
親からお金の催促がきたときに電話でお金の金額を話すだけでした。




【現状】
今はなんとか金欠を脱して、生活に困るほどではない

【転機ときっかけ】
その状態で、インフルエンザになって39度の高熱が下がらず会社を休みました。
アパートの大家さんに、近くでお医者さんはないかと聞いたら教えてくれて、その病院に行って、薬をもらって寝ていました。
大家さんが心配してくれたらしく、大家さんが私の実家に連絡をしてくれました。
そしてすぐに両親が駆けつけてきて、私の家にきて、食べるものを持ってきてくれて、ごはんを作ってくれました。
私のやせ方を見て、両親が察したらしく、1週間に一度、実家に帰ってきて、ごはんをたべにくるんだよ、といいました。
そして時を同じくして、社長に私の特技が認められ、社長の名前で出す文書や手紙を書く仕事を任されました。
わたしは書道の師範を持っていて、ずっと書道を続けていたので、それが認められました。
社長は社内を回って社員と話すタイプの人だったので、その話のついでにチャンスがありました。




【現在の状況と心境】
その仕事でお給料をプラスしてもらえたので、実家の借金なども返すことができましたし、両親も事業をたたんで、借金を整理することができました。
そのうちに私の結婚が決まり、その会社は古い体制だったので辞めることになりましたが、体も回復してきてはいましたが、やはり状態は悪く、いつもぎりぎりの状態でしたので、いちど会社を辞めて、休むことにしました。




【学んだこと】
お金に困ると、本当に世の中を恨むようになるな、と実感しました。
そして本当に困っている状態のとき、私が悪いオーラを出しているのか、そういうとき、だれも助けてくれません。
人に助けてもらうには、その状況の困りごとを説明できる力と、助けてあげたくなるようなかわいらしさ、愛嬌が必須なのだと感じました。
本当に追い詰められている人はそれができるわけないから、本当に困った人に救いの手が届きづらい現実が見えました。



【当時の自分へのアドバイス】
体だけは壊さないように。
忙しくて時間がない、お金がないのはわかってる。
でもその中でやすいもやしでもいいから、野菜を食べたり、体の栄養バランスを気を付けよう。
食事をおろそかにしたら、体も弱る、そしてそれに伴って心も病む。
そうなったらもう動けない。
どうにか動けたら、必ず潮目が変わる時が来るから、栄養を考えて、とにかくちゃんと食べよう。
それが、必ず自分を辛いところから引き揚げてくれる。